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ヨレ気味だからこそ聴きやすい遺作「John Coltrane – Expression (1967)」

肝臓癌由来の痛みをこらえつつ演奏を録音し、発売の手配を続けた「Expression」は、ヨレ気味な演奏ゆえ、過激な部分がナリを潜め、聴きやすくなったのは皮肉な話ですな。

ラヴィ・シャンカールが説く「静寂」と「安らぎ」が具現化したようなアルバムです。

John Coltrane - Expression

<突然の容態悪化、そして昇天>

1967年7月15日(土)まで、妻や親族、音楽仲間にさえ容態の悪化を覚られないまま、具合の悪い状態でコルトレーンは活動を続けていたそうです。

自宅の地下室のスタジオを作り、最新録音機材まで揃え、何故、何事もないように活動を継続するそぶりを見せていたのか・・・。

前兆として、1967年 5月に内臓の激痛により倒れていたそうですが・・・。

そして、コルトレーン生涯最後、日曜日の朝を迎えます。

1967年7月16日(日)、日曜日の朝。食事が取れないほど衰弱したため、ハンティントン病院に救急患者として入院。

そして翌日7月17日(月)午前4時、肝臓癌により昇天(死去)。

音楽仲間、そして公民権運動のシンボルとして見ていたアフリカ系アメリカ人達に、突然の喪失感と、衝撃が走ります・・・。

<遺作「Expression (impulse! A-9120)」>

今回ご紹介する「Expression」は、1967年冬から春にかけて録音された作品。
ジョン・コルトレーンのスタジオ録音・最終作(遺作)であり、「平和と愛」を探求するかの如く、スピリチュアルな演奏であります。

タイトルの「Expression」は、日本語では
「(気持ち・性格などの)表われ、しるし」という意味だそうで。

ここ最近のブログ記事で延々書いている通り、ジョン・コルトレーン(John Coltrane)が残した作品群のうち、最晩年にあたる1965年から1967年の録音は、公民権運動の高まりと呼応して、激流の如く変化していきました。

モード奏法の追求から、公民権運動と連動した激情的フリー的演奏、そして、ラヴィ・シャンカールを師と仰ぎ「平和と愛」を探求するスピリチュアルな演奏へ。

さて、「Expression」の収録曲をざっと紹介致します。

1曲目「Ogunde」は、短い幻想的なバラッド。

2曲目「To Be」も幻想的で浮遊感溢れる曲。
コルトレーンのフルートと、ファラオ・サンダースのピッコロが絡んだ後、ピアノソロの後ろで、誰が叩いてるかわからない鈴やボンゴが鳴り響きます。
コルトレーンはフルートの音に声を混ぜ、フルートソロを展開してますね。

3曲目「Offering」は、ややアグレッシブな演奏。
イントロは「A Love Supreme, Pt. 1: Acknowledgement」の変形パターンか。
病魔に冒されたコルトレーンが最後の気力を振り絞り、弱弱しく、テナーを吹こうとしてる様子がありありと思い浮かべられます。

4曲目「Expression」は、自らの昇天を予感しているかのような、清々しい演奏。
延々、激烈な演奏を聴いた耳には、かなりよれよれで弱ってる感じが痛々しいですね。
コルトレーンに続くアリスとサンダースがその分、頑張ってますが・・・。

John Coltrane – Expression (1967)
impulse! A-9120

01. Ogunde (John Coltrane) 3:32
02. To Be (John Coltrane) 16:29

03. Offering (John Coltrane) 8:31
04. Expression (John Coltrane) 10:56

1, 4 –
John Coltrane (ts) Alice Coltrane (p) Jimmy Garrison (b) Rashied Ali (ds)
March 7 & spring 1967 at Rudy Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, NJ.

2, 3 –
John Coltrane (fl,ts) Pharoah Sanders (piccolo) Alice Coltrane (p)
Jimmy Garrison (b) Rashied Ali (ds)
February 15, 1967 at Rudy Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, NJ.

このアルバムでは、珍しくフルートを吹いてますが、これ、1964年にヨーロッパで客死した、盟友・エリック・ドルフィー(Eric Dolphy)の遺族から譲渡された遺品だそうです。

<「Expression」に至る過程(抜粋)>

◎1964年12月9日(38歳)「A Love Supreme」1回目のセッション。

◎1965年5月26日、「Transition」1回目のセッション。
◎1965年6月10日、「Transition」2回目、「Kulu Se Mama」1回目のセッション。
◎1965年6月16日、「Kulu Se Mama」2回目のセッション。
◎1965年6月28日(38歳)、「Ascension」レコーディング。
◎1965年10月01日(39歳)「Om」レコーディング。
◎1965年10月14日、「Kulu Se Mama」2回目のセッション。
◎1965年11月23日、「Meditations」レコーディング。

◎1966年7月8∼25日(39歳)日本ツアー

☆1967年2月15日(没年、40歳)遺作「Expression」録音。

◎1967年7月17日(没年、40歳)肝臓癌で昇天(死去)。

コルトレーン御一行・日本滞在記「Live In Japan(1966)」

1966年7月。

衝撃的なビートルズ初来日直後、コルトレーン御一行が日本の地に降り立ちます。
過密スケジュール中、長崎平和公園を訪れていることからも推測出来ますが、新曲「Peace On Earth(地球の平和)」を、広島と長崎に捧げるために、遠路はるばる日本を訪れたのかもしれません。

John Coltrane Live in Japan

また、1963年7月に庇護者・ニカ男爵夫人と共に来日したセロニアス・モンクや、

1963年9月に来日した大親友・ソニー・ロリンズが語る「日本への好印象」も、コルトレーンが訪日にかける意気込みに、大きく左右したはず。

「コルトレーン――ジャズの殉教者 (岩波新書) : 藤岡 靖洋」などを参考にしつつ、来日時の足取りを辿ってみましょう。

今予定を眺めると、強行スケジュールどころか「狂気の沙汰」でありますな・・・。
ふつーの人間なら、途中で確実にぶっ倒れてますよ・・・これは。

コルトレーンご一行日本滞在:1966年7月08日(金)-7月25日(月)

<8都市15公演、日本のジャズメン達との共演セッション2回>

1966年7月08日(金)、羽田国際空港着~東京プリンスホテル宿泊。
1966年7月09日(土)、記者会見(東京プリンスホテル)、学生達による質疑応答、TBSインタビュー

1966年7月10日(日)、サンケイホール(東京都)
1966年7月11日(月)、サンケイホール(東京都)☆
1966年7月12日(火)、フェスティバルホール(大阪府)
1966年7月13日(水)、広島公会堂(広島県)
1966年7月14日(木)、長崎公会堂(長崎県)
1966年7月15日(金)、長崎平和公園で合掌、福岡市民会館(福岡県)
1966年7月16日(土)、京都会館第二ホール(京都府)、松竹座(大阪府)

1966年7月17日(日)、神戸国際会館ホール(兵庫県)△
1966年7月18日(月)、新宿厚生年金会館(東京都)
1966年7月19日(火)、新宿厚生年金会館(東京都)
1966年7月20日(水)、フェスティバルホール(大阪府)
1966年7月21日(木)、静岡市公会堂(静岡県)
1966年7月22日(金)、新宿厚生年金会館(東京都)☆、東京ビデオホール[交流ジャムセッション]
1966年7月23日(土)、愛知文化講堂(愛知県名古屋市)

1966年7月24日(日)、東京ビデオホール[交流ジャムセッション]
1966年7月25日(月)、羽田国際空港より帰国。

☆「Live In Japan」に収録されたコンサート
△プライベートテープが存在

2日に渡る日本人ジャズミュージシャンとの「交流ジャムセッション」には、ジョージ川口さん、松本英彦さんらが参加。

22日(金)は「バードランドの子守唄(Lullaby Of Birdland)」、「Softly, As In A Morning Sunrise」など4曲。
24日(日)は「Now’s The Time」、「There Will Never Be Another You」など3曲を演奏したそうな。

日野皓正さんも会場に居たようですが、セッションに参加してたかは不明。

ディスコグラフィー上では「rejected」と記載された「プライベート録音」が、
現存してたら凄い事になる訳ですが・・・さて。

さて、強行スケジュールで日本全国を駆け回ったうち、東京での公演を収録した「Live In Japan」。

「Afro Blue」、「My Favorite Things」、「Crescent」というお馴染みな曲に加え、2つ新曲の「Leo」、「Peace On Earth(地球の平和)」の、長尺演奏を聴く事が出来ます。
静(コルトレーン)と動(サンダース)の対比が、より荒々しく感じられますが、この殺人的な演奏スケジュールでは、仕方ない事かな・・・と。

ジャズ評論家・岩波洋三氏の感想によると、コルトレーンは演奏のクライマックスで、よだれを垂らしながら演奏していたそうで・・・。

岩波氏は続けて「それは、性行為のクライマックスを思わせる」とも書き記しています。
自己完全燃焼するその姿を評して、「爽やかの無くなった演奏」とも。

ディスコグラフィーを眺めると、東京での正規録音の他、7月17日(日)「神戸国際会館ホール」の演奏がプライベートテープで存在する模様。

John Coltrane – Live In Japan
Impulse!/GRP 41022

John Coltrane (ss, as, ts, per) Pharoah Sanders (as, ts, bass-cl, per) Alice Coltrane (p)
Jimmy Garrison (b) Rashied Ali (ds) Hisato Aikura (announce)

Disc 1 & 2: July 11, 1966 at “Sankei Hall”, Tokyo, Japan.
Disc 3 & 4: July 22, 1966 at “Shinjuku Koseinenkin Kaikan”, Tokyo, Japan.

<July 11, 1966 at “Sankei Hall”, Tokyo, Japan. >

Live In Japan [Disc 1] July 11, 1966

 01. Afro Blue (Mongo Santamaria) 38:48
 02. Peace On Earth (John Coltrane) 26:24

Live In Japan [Disc 2] July 11, 1966

 01. Crescent (John Coltrane) 54:34

<July 22, 1966 at “Shinjuku Koseinenkin Kaikan”, Tokyo, Japan. >

Live In Japan [Disc 3] July 22, 1966

 01. Peace On Earth (John Coltrane) 25:06
 02. Leo (John Coltrane) 44:50

Live In Japan [Disc 4] July 22, 1966

 01. My Favorite Things (Richard Rodgers & Oscar Hammerstein II) 57:19

日本の7月、梅雨と真夏の境目の時期に「弾丸ツアー」を行ったコルトレーン一行。

高温多湿の過酷な環境の中、新幹線、飛行機、特急を乗り継いで移動・・・。
コンサートでは、全力で1時間半吹きっぱなしとなれば、体調崩さない方がおかしいと思われます。

実際、コルトレーンはこの来日公演以降、体調を崩してしまったという。
肝臓癌に、過労が追い討ちをかけたともいえますね。

あえて原爆が投下された2都市を廻り、新曲「Peace On Earth(地球の平和)」を演奏したコルトレーン。

「愛と平和」を希求する彼に残された時間は、過酷な日本公演が原因で短くなったようですが、悔いはないでしょうね。

今でもコルトレーンの命日である「7月17日」には、日本全国のジャズ喫茶で、コルトレーンの音楽が流れるほど、日本のジャズファン達に愛され続けておりますから。

<「Coltrane Live In Japan」録音の頃(抜粋)>

◎1964年12月9日(38歳)「A Love Supreme」1回目のセッション。
◎1965年2月18日、「The John Coltrane Quartet Plays」1回目のセッション。
▲1965年2月21日(マルコムX (Malcolm X)暗殺される)

◎1965年5月17日、「The John Coltrane Quartet Plays」2回目のセッション。
◎1965年5月26日、「Transition」1回目のセッション。
◎1965年6月10日、「Transition」2回目、「Kulu Se Mama」1回目のセッション。

◎1965年6月16日、「Kulu Se Mama」2回目のセッション。
◎1965年6月28日(38歳)、「Ascension」レコーディング。
◎1965年10月01日(39歳)「Om」レコーディング。
◎1965年10月14日、「Kulu Se Mama」2回目のセッション。
◎1965年11月23日、「Meditations」レコーディング。

◎1966年2月2日、「Cosmic Music」セッション(コルトレーン・パート)。

◎1966年6月28日、「Coltrane Live At The Village Vanguard Again!」録音。

☆1966年7月8∼25日(39歳)日本ツアー

◎1967年2月15日(没年、40歳)遺作「Expression」1回目のセッション。
◎1967年7月17日(没年、40歳)肝臓癌で昇天(死去)。

あ、有名な「私は聖者になりたい(笑)」発言について、書くの忘れてた(笑)。

新妻アリスに対し、過去の不逞を「公式謝罪」する意味合い含む発言だったそうです。

パワフルな演奏から推測出来るように、何人かの女性と深い関係があった模様。

公民権運動と「Coltrane Live At The Village Vanguard Again! (1966)」

今回は1966年6月、壮絶なる日本ツアー直前に録音された、「Coltrane Live At The Village Vanguard Again!」です。

John Coltrane - Coltrane Live At The Village Vanguard Again!

タイトル的には、1961年11月に録音された、エリック・ドルフィー(Eric Dolphy)入りの「Coltrane “Live” At The Village Vanguard (Impulse! A-10)」再び!という感じですか。

1961年版はドルフィー効果か、あっけらからんとしたアヴァンギャルドな演奏が多いですが、

1966年版は「Live In Japan」同様、絶叫というか振り切れた演奏です。

以下、長くなりますが、「Coltrane Live At The Village Vanguard Again!」に至るコルトレーンの音楽的変質の謎が、自分なりに納得出来たので、当時の時代背景含め書いていきます。

「1961年版」と「1966年版」。

5年隔てたライブが、何故こんなに変貌してしまったかの鍵は、当時アメリカの国内情勢を紐解くことで見えてくる気がします。

まずコルトレーンの作品群を眺めていると、1965年2月付近で変質していく事に気がつきます。

「至上の愛(A Love Supreme)」で、神を賛美してたコルトレーンが突然、「Kulu Se Mama」、「Ascension」など、フリーフォームに転進した作品を発表。

アフリカ回帰、インド思想への傾倒を顕著にした、激情的雄叫びを上げ始めるようになります。

アメリカの歴史に詳しい方ならピンとくるかもしれませんが、そうです、黒人公民権運動活動家・「マルコムX (Malcolm X)暗殺」を境に、激変していく訳ですね。

ムスリムの「マルコムX」が暗殺された事により、自ら信じるキリスト教への疑問を感じ始めた?
キリスト教を一旦横に置いて、「愛と平和」を求め、他宗教に目を向け始めたとも言えますか。

さて、1966年5月28日のヴィレッジ・ヴァンガードでのライブを収録した「Coltrane Live At The Village Vanguard Again!」の収録曲は、たった2曲(笑)、「Naima」と「My Favorite Things」だけ。

1965年末の録音(Meditations)で、宗教臭い演奏に嫌気が差したピアノのマッコイ・タイナーが退団したため、1966年初頭からバンドに参加した、アリス・コルトレーンがピアノを弾いております。

ドラムも、前衛派でサン・ラ(Sun Ra)との共演経験があるラシッド・アリ(Rashied Ali)に代わってますね。

1曲目は、お馴染み「Naima」。

ライブでラヴィ・シャンカール(Ravi Shankar)の教え、「(静寂(シャンティ)」と「安らぎ」が感じられる演奏です。

途中ソロで登場するファラオ・サンダースの咆哮が、全てをぶち壊しますが(笑)。

思索的な静(コルトレーン)と、激情なる動(サンダース)のコントラストが、最晩年でのコルトレーンバンドの、大きな特徴なのかもしれません。

「Live In Japan」の如く静と動のバランスが崩壊すると、聴くにたえない状態になりますが、ここでの演奏は、ぎりぎり均等を保ってる感じかと。

レコード時代にはA面最後になりますが「My Favorite Things」の前に、「Introduction To My Favorite Things」と題されたジミー・ギャリソンのベースソロが、6分ほど収録されてます。

2曲目は、スピリチュアルな演奏に変貌した「My Favorite Things」。ベースソロに続いたコルトレーンがテーマを吹き始める前、ソプラノサックスで、幻想的というか、摩訶不思議なフレーズを紡いでいきます。

悲痛な叫びを上げるサンダースのバックで、コルトレーンが吹く、フルートの音が聴こえます。

このアルバムでコルトレーンは、バスクラリネットも吹いてるみたいですが、どの部分がバスクラリネットなのか未だ判断出来てません(泣)。

ただ、いずれの楽器も1961年版に参加してたエリック・ドルフィーの遺品らしいです。

John Coltrane – Coltrane Live At The Village Vanguard Again! (1966)
Impulse! A-9124

John Coltrane (ss, ts, bass-cl, fl) Pharoah Sanders (ts, fl)
Alice Coltrane (p) Jimmy Garrison (b) Rashied Ali (ds) Emanuel Rahim (per)
May 28, 1966 at “Village Vanguard”, NYC.

01. Naima (John Coltrane) 15:12
02. Introduction To My Favorite Things (Jimmy Garrison) 6:11

03. My Favorite Things (O. Hammerstein II, R. Rodgers) 20:23

<「Coltrane Live At The Village Vanguard Again!」録音の頃(抜粋)>

◎1964年12月9日(38歳)「A Love Supreme」1回目のセッション。
◎1965年2月18日、「The John Coltrane Quartet Plays」1回目のセッション。

▲1965年2月21日(マルコムX (Malcolm X)暗殺される)

◎1965年5月17日、「The John Coltrane Quartet Plays」2回目のセッション。

◎1965年5月26日、「Transition」1回目のセッション。
◎1965年6月10日、「Transition」2回目、「Kulu Se Mama」1回目のセッション。
◎1965年6月16日、「Kulu Se Mama」2回目のセッション。

◎1965年6月28日(38歳)、「Ascension」レコーディング。

◎1965年10月01日(39歳)「Om」レコーディング。
◎1965年10月14日、「Kulu Se Mama」2回目のセッション。
◎1965年11月23日、「Meditations」レコーディング。

◎1966年2月2日、「Cosmic Music」セッション(コルトレーン・パート)。

◎1966年6月28日、「Coltrane Live At The Village Vanguard Again!」録音。

◎1966年7月8∼25日(39歳)日本ツアー

◎1967年2月15日(没年、40歳)遺作「Expression」1回目のセッション。

◎1967年7月17日(没年、40歳)肝臓癌で昇天(死去)。

<補足>

マルコムXやキング牧師らが大きな影響を与えた、アフリカ系アメリカ人公民権運動(African-American Civil Rights Movement)は、1950年代から活発化。
1960年代後半には「怒り」のエネルギーとなり、アメリカ全土を覆い尽くしていたようです。

そんな中、1965年2月21日には、黒人公民権運動活動家・マルコムX (Malcolm X)が、教団指導者の不逞を理由に脱退した、イスラム教系教団(NOI)の信者達により、銃で撃たれ暗殺されます。

コルトレーンのディスコグラフィを眺めると、分岐点となる2月21日前後に、「The John Coltrane Quartet Plays (Impulse! A-85)」セッションが挟まってます。

6月10日、「Transition」と「Kulu Se Mama」に分散収録されたセッションでは、マルコムX追悼と思われる「組曲」を録音しておりますね。

ちなみに、ネーション・オブ・イスラム教団(NOI)は、黒人の経済的自立を目指す社会運動で、白人社会への同化を拒否し、黒人至上主義を掲げる宗教運動だそうです。

黒人公民権運動活動家・マルコムX (Malcolm X)は、ネーション・オブ・イスラム (NOI) のスポークスマンを経て、ムスリム・モスク・インク (Muslim Mosque, Inc.) 及び、アフリカ系アメリカ人統一機構 (Organization of Afro-American Unity) の創立者。

1965年2月21日、裏切り者として暗殺対象とされた、NOIの信者達に銃で暗殺される。

混沌と瞑想の狭間へ「John Coltrane – Meditations (1965)」

60年代後半、黒人公民権運動活動家・マルコムX (Malcolm X)暗殺を境に、アフリカ系アメリカ人の暴発寸前の熱い思いと共鳴し、絶叫し続けたコルトレーン。

かつてのボス、マイルス・デイヴィスの言葉から端折って引用すると、「特に若い知識層や革命論者の間では、トレーンが音楽で彼らの気持ちを代弁し、シンボル的存在だった」そうです。

John Coltrane - Meditations (1965)

今回ご紹介する「瞑想(Meditations)」は、そんなコルトレーンが奏でる混沌と瞑想の狭間にある、神秘的というか「静寂と安らぎ」入り混じる、摩訶不思議なセッション。

アフリカ回帰を前面に打ち出した「Kulu Se Mama」から約1ヶ月後の録音ですね。

黄金のカルテットに加え、テナーサックスのファラオ・サンダース(Pharoah Sanders)、ドラムのラシッド・アリ(Rashied Ali)を加えた編成で演奏されます。

さて。ずらっと並ぶ曲には、宗教色、精神性を前面に打ち出した題名が並んでおります。

1曲目は、「父なる神・御子キリスト・聖霊(The Father And The Son And The Holy Ghost)」と題された曲。

「父」、「息子(イエス・キリスト)」、「聖霊(聖神)」は全て同じであり、一つである、というキリスト教の基本となる教え、三位一体(至聖三者)の事らしいです。

題になぞられ、左右に分かれた2テナーが同時にソロを展開。

そこにリズム隊を加える事で、音楽による「三位一体」を表現したかったのか?

約13分に渡り、聖邪入り混じるかのような、混沌とした音の洪水が続きます。

「Om(阿吽)」を聴いたラヴィ・シャンカール(Ravi Shankar)に、解釈の間違いをたしなめられたコルトレーンですが、師の諭しを忘却したが如く、「Om(阿吽)」路線の過激な演奏を繰り広げます。

2曲目「慈悲(Compassion)」は、サイケデリックな瞑想といった雰囲気の曲。定型ビートで時々、鈴のような音鳴り響く中、マッコイ~コルトレーンとソロが引き継がれます。

3曲目「愛(Love)」は、ベースソロから始まる、穏やかな雰囲気の曲。

4曲目「威厳(Consequences)」は、前曲の静寂をぶち壊すかのように、左右に分かれた2テナーによる絶叫が続きます。

続くマッコイも、穏やかながらも、せわしないピアノソロを展開。

5曲目アルバム最後を飾る「静寂(Serenity)」は、前のピアノソロを引き継いで、コルトレーンの瞑想的ソロが展開されます。

コルトレーンが考えてた「瞑想(Meditations)」とは、どのようなものだったのか。
多分、コルトレーンも他人に説明出来るほど、深く考えていなかったものと推測します(笑)。

とりあえず頭を空っぽにして、混沌と渦巻く音の洪水に、しばし浸かってみるのも一興かと。

John Coltrane – Meditations (1965)
impules! AS-9110

01. The Father And The Son And The Holy Ghost (John Coltrane) 12:49
02. Compassion (John Coltrane) 6:49

03. Love (John Coltrane) 8:08
04. Consequences (John Coltrane) 9:11
05. Serenity (John Coltrane) 3:30

John Coltrane (ts, per) Pharoah Sanders (ts, tambourine, bells)
McCoy Tyner (p) Jimmy Garrison (b) Rashied Ali (ds) Elvin Jones (ds)
November 23, 1965 at Rudy Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, NJ.

<「Meditations」録音の頃(抜粋)>

◎1964年12月9日(38歳)「A Love Supreme」1回目のセッション。

◎1965年6月10&16日(38歳)、「Kulu Se Mama」1回目のセッション。

◎1965年6月28日、「Ascension」レコーディング。

◎1965年10月01日(39歳)「Om」レコーディング。
◎1965年10月14日、「Kulu Se Mama」2回目のセッション。

☆1965年11月23日、「Meditations」レコーディング。

◎1966年2月2日、「Cosmic Music」セッション(コルトレーン・パート)。

◎1966年6月28日、「Coltrane Live At The Village Vanguard Again!」録音。

◎1966年7月8∼25日(39歳)日本ツアー

◎1967年2月15日(没年、40歳)遺作「Expression」1回目のセッション。
◎1967年7月17日(没年、40歳)肝臓癌で昇天(死去)。

「John Coltrane – Kulu Se Mama (1966)」-静寂と安らぎ-

混沌たる「Ascension(神の国)」及び「Om(阿吽)」の前後に録音されたのが、今回ご紹介する、静寂と安らぎ溢れるアルバム「Kulu Se Mama」です。

John Coltrane - Kulu Se Mama (1966)

アフリカ伝来のサム・ピアノ(親指ピアノ)をつま弾く音を導入したり、「Om(阿吽)」を詠唱したりと、ジャズから逸脱した、混沌極めるアルバム「Om(阿吽)」を録音したコルトレーン(生存時は未発表)。

ライブでラヴィ・シャンカール(Ravi Shankar)に「Om(阿吽)」を披露し、「(静寂(シャンティ)」と「安らぎ」が不足している事をたしなめられたためか、アルバム「Kulu Se Mama」には神秘性というか、「静寂と安らぎ」が加わってるように思えます。

表題曲「Kulu Se Mama」は、パーカッションとボーカルで参加するジュノ・ルイスの作品。

母に捧げた賛歌なんだそうですが、「アフリカ回帰」を目指した曲調で、ゆるめなパーカッションの音色とアフリカの現地語の歌がブレンドされた、「土の香り漂う」ような、穏やかなる曲です。

蛇足ですがこの曲、アート・ブレイキーがブルーノートに録音した、
「Art Blakey – Orgy in Rhythm (Blue Note)1957」、

「Art Blakey – Holiday for Skins (Blue Note)1958」、

「Art Blakey – The African Beat (Blue Note)1962」と続く、

アフリカ回帰的なドラムアンサンブルの作品群に、傾向が近い感じがします。

続く2曲目「Vigil」は、テナーサックスのコルトレーンと、ドラムスのエルヴィンによるデュオ。
9分半にも渡り、2人だけの丁々発止なやりとりが続きます。

3曲目「Welcome」は、穏やかなるバラッド風な演奏。これこそ「静寂と安らぎ」ですね。

1975年にマイケル・カスクーナ(Michael Coscuna)が編纂したコンピレーションアルバム「The Gentle Side Of John Coltrane」にも収録されてます。

John Coltrane – Kulu Se Mama (1965)
impulse! A-9106

01. Kulu Se Mama (Juno Se Mama) (Julian Lewis) 18:50
02. Vigil (John Coltrane) 9:51
03. Welcome (John Coltrane) 5:34

03. Welcome –
John Coltrane(ts) McCoy Tyner(p) Jimmy Garrison(b) Elvin Jones(ds)
June 10, 1965 at Rudy Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, NJ.

02. Vigil –
John Coltrane(ss, ts) Elvin Jones(ds)
June 16, 1965 at Rudy Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, NJ,

01. Kulu Se Mama (Juno Se Mama) –
John Coltrane(ts) Pharoah Sanders(ts) McCoy Tyner(p)
Jimmy Garrison(b) Donald Garrett(b, bass-cl) Frank Butler(ds) Elvin Jones(ds)
Juno Lewis (vo, per)
Western Recorders, Los Angeles, CA, October 14, 1965

<「Kulu Se Mama」録音の頃(抜粋)>

☆1964年12月9日(38歳)「A Love Supreme」1回目のセッション。

◎1965年6月10&16日(38歳)、「Kulu Se Mama」1回目のセッション。

◎1965年6月28日、「Ascension」レコーディング。

◎1965年10月01日(39歳)「Om」レコーディング。

☆1965年10月14日、「Kulu Se Mama」2回目のセッション。

◎1965年11月23日、「Meditations」レコーディング。

◎1966年7月8∼25日(39歳)日本ツアー

◎1967年2月15日(没年、40歳)遺作「Expression」1回目のセッション。

◎1967年7月17日(没年、40歳)肝臓癌で昇天(死去)。